菊は日本で最も古くから描かれて桜と同様に非常に愛されている花文様で、長寿の願いを込めた瑞祥文様です。何千と折り重なった菊の花びらの線一本一本が、上から下へと一息に筆で描かれたもの。蒔絵の技法の中でも立体感を与える研ぎ出しが光る逸品。一つとして同じ表情を持たない菊の花は、線の太さ、金や銀の色の明るさ、粒の大きさや密度、ところどころにヤコウガイを花の中心に据え、青い光が新たな表情を加えています。
この作品には、日本ならではの空間美が施されています。間や空間を美と据える“引き算の美”が菊の文様の重なり方にも見て取ることができます。
さらに、下部には、自然の光を放つヤコウガイが散りばめられ、幻想的な世界が描かれています。菊の花が、まるで吸い込まれていくかのように段々と薄い線と色で消えていく様子もまた、見る人にそれぞれの夢物語を空想させることでしょう。